このケースでは、80歳の父親が、日常生活のすべてに介助が必要な重度の認知症の母親をつきっきりで介護していました。
大手商社に勤務していた父親はプライドが高く、「妻を介護施設に入れるなんて世間体が悪い」と考えていました。

訪問介護サービスも利用せず、心配する息子、娘にも「自分でできる。おまえたちに迷惑はかけない」と言い張ってひとりで頑張っていました。
ところがその父親が、突然倒れて入院してしまったのです。

認知症の介護は重労働です。
日常の世話だけでも体力を使うのに、患者は深夜に徘徊したり騒いだり暴れたりすることもあり、介護者は睡眠も十分に取れません。
その無理がたたったのです。

母親の介護は、息子が引き受けることになりました。
娘は遠くに住んで、共働きで子育てをしています。
息子も大手企業の社員として忙しく働いていますが、近所に住んでおりやらざるを得ません。

母親の介護を始めた息子は、すぐにたくさんの問題に突き当たりました。
まずはお金が必要ですが、両親の通帳がどこにしまってあるのが分かりません。やっと探し出したキャッシュカードは暗証番号が分かりません。
通帳と印鑑があっても銀行は預金を出してくれません。

息子であっても法律上は他人ですから、銀行は本人でなれば預金を下ろしてはくれないのです。
息子は月20万以上かかる母親の生活費と父親の入院費用を立て替えるため、自分の定期預金を解約しなければなりませんでした。

さらに公共料金、健康保険、年金、介護保険の認定手続き、様々なことについて、息子は家中を探して書類を見つけ、電話で問い合わせることの繰り返しでした。
母親を老人ホームに入居させることにしましたが、ホームを探すのには急いでも3週間はかかりました。

そのため息子は何週間も、また何度も会社を休まなければならなくなりました。
息子は仕事を辞めることは避けられましたが、同じような状況になった人の中には、仕事を辞めて在宅介護に専念せざるを得ない人もいます。
「子供には迷惑をかけない」と言い張っていた父親の頑張りが、かえってあだになってしまったと言えます。

この事例から、次の3つの教訓が浮かび上がってきます。

1 老老介護は、介護する側の負担が大きい。
 →「人に迷惑をかけないよう自分で」という頑張りだけでは対応できません。
   家族の協力や行政、各種支援団体を活用しましょう。

2 老人ホーム入居も選択肢に入れる。
 →「家族を施設に入れるなんて世間体が悪い」というのは偏見です。家族の
   誰もが安心して暮らすためにも選択肢のひとつとして考えましょう。

3 通帳や重要書類の保管について信頼できる人と情報共有する。
 →「何もかも自分で管理する」と抱え込んでしまうと、自分が動けなくなっ
   たときに周囲に大きな迷惑をかけることになります。

皆さんの家族や親戚の方々は大丈夫でしょうか。
「まだまだ大丈夫」と過信せず、早めに対応を考えておくことが大切です。