「すぐ動かないとやばい」

法律相談が始まって、しばらく話を聞いているうちに、

わたしはそう判断した。

 

50代の男性、山田さん(仮名)のご相談。

 

内容は、母親の消費者被害だった。

 

 

具体的な内容は次のとおり。

 

 

母親は83歳。実家で一人暮らし。

父親は5年前に亡くなった。

 

母親は元気で、病気も怪我もなく、一人暮らしはできている。

 

 

ただ、問題がひとつ。

 

認知症だった。

 

 

徐々に進んでいるようで、いろいろとトラブルを起こしていた。

 

そのひとつが、悪徳業者による被害。

 

必要のない高級羽毛ふとんを買わされたり、

高額の健康食品を買わされたりしてきた。

 

 

そして、今回のご相談は、

なんと先物取引のような取引をやるということで、

母が1700万円をある業者に預けてしまったという。

 

そして、取引を開始して1か月後に、取引上の損失が発生して、

100万円あまりになってしまった。

 

たった1か月で1600万円の損失である。

 

 

しかし、これは取引といっているけれども、

実際には取引などなく、ただの詐欺ではないか?

 

以上が息子であるこの男性の相談であった。

 

 

なるほど、おっしゃるとおり、詐欺の疑いが強い。

 

そして、その取引に関する書類を見て、

私は、さらにその疑いを強くした。

 

 

取引内容を説明する資料

1700万円の預り証

取引の経過表

 

どれもワープロで作られた幼稚なもので、

大学生でも、もっとましな書類を作るのではないか、

というほどのものであった。

 

通常、高齢者ではない人を勧誘する金融取引業者は、

とっても立派な資料を製作して配る。

 

会社案内などは、オフセット印刷で、写真がたくさん掲載されている。

立派な資料は、お客様に信用してもらうため。

狙った獲物を騙すためには、重要な要素であった。

 

しかし、高齢者向けとなると、資料にそこまでお金をかける必要がない。

 

とくに認知症が進んだ高齢者には、

大学生レベルの粗末な書類でも騙すことができる。

 

そんな考えが透けて見えた。

 

 

その業者の名前は「オリエンタルゴールド株式会社」(仮名)

 

全く聞いたことがない。

 

書類によると、日本に公の市場がない商品を扱う取引となっているので、

役所の認可を受けている業者でもない。

 

市場のない商品の取引ということは、

客とその業者の間で取引をしていることが多い。

客の損失はすなわち業者の利益。

 

山田さんの母親も、書類上では、

このオリエンタルゴールドとの間で取引をしている、

ことになっている。

 

母親に1600万円の損失が生じたということは、

オリエンタルゴールドが1600万円の利益を得たということだ。

 

たった1か月で1600万円の利益である。

 

商品取引といっても、架空であることは明白だ。

 

山田さんの母親は認知症で、取引のことは全く分かっていない。

 

 

「すぐに動かないとやばい」

 

 

このような架空の取引業者は、要するに詐欺集団である。

 

短期間に投資家や高齢者を騙して資金をかき集め、

詐欺がばれて被害者から訴えられる前に、

警察の捜査が及ぶ前に、

逃げてしまう。

 

事務所は閉鎖され、人も書類も跡形もなく消えてしまう。

 

そうなると、詐欺だと証明できたとしても、

資金の回収は不可能である。

 

訴える相手が分からない。

 

 

「できるだけ早く、その業者の事務所に押しかけよう」

 

 

山田さんの了解をとって、すぐに着手することにした。

何とか予定を調整して、翌日の午後2時頃、その業者の事務所に向かった。

 

オリエンタルゴールドの事務所は、

JR上野駅から徒歩約10分ほど離れたビジネス街にある雑居ビルの3階にあった。

 

駅から離れているため、人通りは少ない。

飲食店やコンビニもない。

 

5階建ての小さい雑居ビルが立ち並ぶ。

ほとんどがオフィス用だ。

看板やビル案内板を見ると、空き室も多い。

 

 

そんなところ、オリエンタルゴールドの事務所があった。

ビルは比較的新しくきれいなビルだった。

5階建てで、2階と4階は空き室らしい。

 

 

事務所がある3階の窓には、ブラインドが閉じていて、

中の様子が伺えなかった。

 

詐欺集団のアジトとしては当然である。

 

しばらく道路の反対側から遠目に見ていたが、

ビル自体の人の出入りがない。

事務所に人がいるのかどうかも分からない。

 

 

「このまま待っていても仕方がない。行ってみよう」

 

 

いよいよ出陣である。

 

 

自分の事務所に「これから訪ねてみる」とだけ伝えた。

 

もし万が一に1時間経過しても私から連絡がなかったときは、

 

警察を呼ぶことになっている。

 

業者に拘束されてしまったときの備えである。

 

 

ビルのエントランスからエレベーターホールへ。

 

そして、エレベーターに乗って3階に上がる。

 

 

フロアの廊下は薄暗く、ひっそりとしている。人気は感じられない。

 

3階には、2部屋あり、ターゲットの事務所は左奥にドアがあった。

 

 

小さく社名が書いてある。

 

「オリエンタルゴールド(株)」

 

ここに間違いない。

 

 

ドアは、クリーム色の鉄製だった。

 

殺風景な入り口だった。

 

詐欺集団であれば、来客に対応する必要がないから、その意味では当然である。

 

 

いよいよ、ドアを叩く。

 

コン、コン。

 

(続く )