先日、入院している母を面会して、胃瘻(いろう)を見てきました。

 

母は3月初めに誤嚥性肺炎で入院し、一度退院したものの、

すぐにまた再入院。医師から口から食事をとるのは肺炎の危険が高いと診断され、

胃瘻(いろう)にすることになりました。

 

胃瘻(いろう)の手術は簡単らしく親族の立ち会いもないまま行われました。
そのため、今回の面会で初めて胃瘻(いろう)を見ました。

 

胃瘻(いろう)は、簡単に言えば、胃に穴を開けて、そこから流動食や薬を
流し込む措置です。

 

高齢者問題を扱っているなかで、たびたび胃瘻(いろう)のことを耳にしていました。
意味は分かっていましたが、実際に見るのは今回が初めてでした。

 

一部とはいえ、自分の母親の一部をお見せするのはどうかと思いました。
母はブログに載せるといっても、理解できない状態です。
しかし、私のように胃瘻(いろう)のことをよくご存じない方がほとんどだと思います。
そういう方に少しでもお役に立てるのであれば、
やはりお見せした方がよいと判断しました。

 

病室に入ったところ、あいかわらず母の意識は朦朧としていました。
ただ、少しだけ元気になったような気もしました。
今まで点滴だけだったのが、胃瘻(いろう)から流動食を与えられる
ようになったからかもしれません。

 
母は一瞬目を開けて、「あ、来たの」と言ってくれましたが、
またすぐ寝てしまいました。

 
胃瘻(いろう)は腰のやや上、左側の腹部についていました。

 
ひと言で表現すると、太い点滴です。

 

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透明の管は、点滴のより太い、直径1センチメートル弱。
その管が、腹部につながっています。
腹部には、白いプラスチック製の蛇口みたいなものが取り付けられていて、
そこに管がつながっています。

 
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管のもとは、流動食が取り付けられていました。
これも点滴のようなビニール袋でした。
この面会のときは、すっかり空になっていたので、
流動食が何色だったのか分かりませんでした。

 
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母に「痛い」と尋ねたところ、「痛くない」と答えました。
痛そうな素振りもありません。

 
胃瘻(いろう)には、倫理的に反対する方もいらっしゃるようですが、
栄養補給をとめるのは、餓死させるようなものだとわたしは思います。

 
胃瘻(いろう)をしないという選択は考えられませんでした。

 
もちろん口から食べるのが自然だし、生きる喜びだと思いますが、
口から食べられないからといって、
胃瘻(いろう)で生きていてもよいのではないか。

 
ただ、ますます何のために生きているのか?
その疑問に答えにくくなってしまったのも事実です。

 
皆さんの参考になれば幸いです。

 
  老活コンサルタント(弁護士) 大竹夏夫