代表者:依頼当時49歳

業 種:建設業

負債額:法人約5億3000万円

    代表者個人約8000万円(会社の連帯保証が2億7000万円)

S社は、土木工事請負を主たる業務として、昭和40年1月に、代表者Sさんのお父様によって設立されました。

設立当初は、県企業庁が行う公共事業(主に高速道路や橋の建設)を常時請け負っていました。

平成2年には、当時の代表取締役であるお父様が亡くなったため、Sさんが後を継ぎました。

このころには、これまでに請け負っていた道路や橋などが次々と完成し、企業庁から回ってくる公共事業も少なくなっていました。そこでSさんは、企業庁だけでなく、県の土木・農林などの各事務所が担当する公共事業も受注したいと考え、それに参入するために営業努力を重ねました。

その甲斐もあり、数年後には、徐々に企業庁以外の県の公共事業も受注できるようになり、会社の経営に困らない程度の工事を定期的に行えるようになりました。

しかし、県から定期的に工事を請け負うには、常に多くの厳しい条件をクリアしていかなければならず、そのためには多額の事業資金が必要でした。

S社は、こういった事業資金は、銀行から借り入れて補っていました。特に、公共事業は、会社の財務状況が黒字でなければ入札できず、また、その財務状況の善し悪しで会社ごとにランク付けがされており、そのランクによって回して貰える工事の規模が異なることから、S社は決算書もそれに応じたものになるように作成していました。

ところが、平成14年の政府の公共事業削減の施策の影響で、平成16年ころから公共事業自体が減少し、そのためS社に回ってくる工事も激減してしまいました。また公共事業は、定期的に受注をしていないと次第に工事を回して貰えなくなってしまうため、受注前から明らかに赤字と分かっている工事でも受けざるを得ないのですが、このころにはそういった工事が多くなっていました。

また同じ頃、各地で多くの談合事件が問題視され始めていました。その影響で、県内の公共事業の入札方法も変わり、S社は、大きな工事をなかなか落札できなくなってしまいました。また落札ができた工事も、追加工事費用が認められないことが多くなり、その分の材料費や下請けへの支払いはS社が負担するという状況でした。

Sさんは、このままでは会社の経営は成り立っていかないと考え、民間からの請負工事も積極的に受け始めました。しかし、公共事業と比較して、民間工事は工事単価が安いため、公共事業で出した赤字をなかなか埋めることはできませんでした。

平成22年3月末、翌年度の公共事業自体が激減したこともあり、S社は数件の小規模な工事しか受注することができませんでした。

そのため資金繰りが一気に苦しくなりました。Sさんは、資金繰りに奔走しましたが、同年5月末、S社は手形の不渡りを出し、事実上倒産してしましまいました。

同時にSさんは、債権者の督促から逃れるため、従業員への給与も支払えないまま、会社に残っていたほんの少しのお金を持って夜逃げをしてしまいました。

その後Sさんは、1週間ほど都内のホテルで身を隠していましたが、このままではいけないと思い、レセラに相談にきました。

夜逃げをしているため、従業員や債権者から多くの批判を受けましたが、弁護士とSさんが誠心誠意対応し、無事に破産手続きを終えることができました。

Sさんは、破産手続中に資格を取り、現在はその資格を生かして、これまでとは全く別の業界で、一生懸命働いていらっしゃいます。