代表者:依頼当時38歳

業 種:医療

負債額:約1800万円

 

M社は、Mさんが友人ら3名との共同出資で設立した会社でした。

Mさんは、その開業資金として国民生活金融公庫から1000万円の借入れをしました。

 

店舗の賃貸費用、内装工事などに900万円ほどかかったそうです。

さらに眼科の開業のためにクレジット会社より医療機器リース契約をし、また医療機器をローンで購入していました。

借入金、リース、ローンの支払額は月々約30万円にもなっていました。

 

その後、約4ヶ月間の眼科の経営がうまくいかず、資金が底をつきそうになってしまいました。

 

月々のリース・ローン返済、店舗家賃、人件費を支払えなくなる可能性が極めて高くなり、取締役会にて眼科を閉院することを決定し、廃業することにしました。その際、従業員には退職してもらいました。

 

Mさん個人としては大学病院に勤務しているものの、今後の生活が不安になったこと(妻の妊娠、郷里の父親の健康問題、勤務大学病院の問題など)により郷里への帰省を考え始めたそうです。

 

取締役会、株主総会を開き、共同経営者であった取締役2名および監査役1名が辞表を提出し辞任しました。会社はMさん1人となってしまいました。

 

このころには、会社の資金はほとんど無くなってしまっていました。

個人的には、郷里への帰郷を決め、勤務していた大学病院へも辞表を提出しました。

 

店舗を解約し、返還された補償金で原状回復工事を行い、ローンで購入した医療機器、リース契約していた医療機器は、クレジット会社を経て販売店に回収してもらいました。

そしてMさんは、郷里に戻りアパートを借りて引越しを行いました。

 

会社の借金、個人が借りていた教育ローン、奨学金のすべての返済が困難になりました。

 

また、奥様の妊娠も異常妊娠であるとの診断で切開手術が決定するなど、通常の生活が極めて困難となったので、レセラに相談にきました。

 

Mさんと一緒に会社・個人の借金返済について様々な可能性を検討しましたが、個人の給与では返済が困難であり、さらに奥様の手術にかかる費用、出産準備、生まれてくる子どもの生活にかかる費用など、家族の生活も危ぶまれる状態になってしまったので、Mさんは自己破産をすることにしました。

 

手続きは滞りなく順調に終わり、現在は、郷里にある国立大学付属病院へ勤務しています。