代表者:依頼当時51歳

業 種:スポーツ用品の輸入販売

負債額:法人約1億2000万円

    代表者個人約2000万円

 

今回は、「負債総額約1億2000万円」の倒産事例をご紹介します。

 

Y社は、スポーツ用品の輸入販売を主たる業務として、平成12年に代表のKさんと友人のAさんによって、設立された会社でした。従業員を2名雇い、スタートを切りました。

 

事業スキームは、S社(Aさんが役員を務める別会社)を介して中国からスポーツウェアを中心に輸入し、国内で販売をするというものでした。

 

設立から2年間は、固定の取引先が見つからず、スポットでの取引をしていました。その間、3回も取込詐欺に遭い、合計で1200万円の損害を受けてしまいました。

 

平成14年になって、大手小売り量販店と継続した取引ができるようになりました。これにより、ショッピングセンター、専門店といった大きな店舗での販売ができるようになり、売上げが安定するようになったのです。

 

しかし、その分、S社へ支払うロイヤリティが大きくなり、売上げに比べて利益はあまり伸びず、厳しい経営が続きました。

 

平成15年、大手繊維メーカーとライセンス契約を結ぶことができました。

 

このことで大手繊維メーカーのブランド商品を取り扱うことができるようになり、厳しい経営状態から抜け出すことができました。

 

ところが、平成16年、この大手繊維メーカーが倒産してしまいます。

当然、Y社の売上げは、激減しました。

Y社は、再び厳しい状況になってしまいます。

 

しかし、代表のKさんは諦めませんでした。

仕入れ先やS社に、支払を待ってもらいながら、必死に営業活動を続けました。

 

何か新しい事業を始めようと考え、平成17年末、Y社は新たな事業として、スポーツシューズの取扱いを始めました。

 

最初は順調に思えた新事業でしたが、不運なことに、中国での買付けを任せていた者に裏切られ、多額の損害をだしてしまいます。

 

平成18年5月、S社へのロイヤリティの支払いは待って貰っていましたが、このころ滞納額は1億5000万円にのぼっており、Aさんからも厳しい請求を受けることになり、Y社は約5000万円を銀行から借り入れ、滞納していた分の一部を支払いました。

 

その後は、銀行への返済を続けながら頑張るも、思うように利益を出すことができず、その結果、次第に仕入資金が不足し、銀行から新たに借り入れをするようになってしまいます。

 

「家族や従業員は、俺が守る。」そう思って必死に働いたKさんでしたが、現実は残酷なものでした。

 

平成19年12月、一番の得意先であった大手小売り量販店から一方的に取引停止を告げられてしまったのです。

 

「これ以上は無理だ。」そう思ったKさんは、平成20年2月、弁護士と相談し、会社閉鎖の決心をしました。

 

レセラに初めて相談にきたKさんの風貌は、やせ細り、今にも倒れそうでした。

 

それもそのはずです。

Kさんは、1億円以上もある負債からくる重圧や、迷惑をかけることになってしまう関係者への申し分けない気持ちで一杯だったのです。

 

さぞ辛かったでしょう。我々は、すぐに自己破産の申立てをするために行動を始めました。

 

最初のうちは文句を言う取引先もありましたが、自己破産は裁判所を介した公正な手続きです。最後には、誰もが納得して手続きは終わりました。

 

そして、全ての手続きが終わり、やっとKさんにも笑顔が戻りました。

 

これは後日伺った話ですが、Kさんは手続中も新しい仕事を探していたのですが、まったく上手くいかなかったようです。

しかし、手続きが終わり、笑顔が戻ったとたん、就職先が決まったそうです。

 

気持ちが軽くなって、Kさんが本来の力を出せたからでしょう。

 

もちろん、Kさんは現在も元気に頑張っていらっしゃいます。