代表者:依頼当時66歳
業 種:運送業
負債額:法人約1億7000万円

代表個人約2500万円(会社の連帯保証約1億5000万円)

C商事は、主に大手会社の梱包・配送業務を下請けする会社として、昭和28年10月、Nさんのお父様により設立されました。

昭和48年9月にお父様の退任に伴い、Nさんが代表者となりました

当初はN通運の下請(作業協力店)として運輸省や郵政省(当時)の用度品荷造りを請け負うほか、O商会、M倉庫、Y運輸の海外向小包梱包発送等、N通運以外の複数の中堅会社との取引もあって成り立っていました。

昭和40年、N通運の下請としてJALの海外赴任用梱包業務が増えてきたそうです。

この間、N通運の要請で同社幹部社員2名を2年ずつ計4年、出向社員として受け入れたりもしました。

当初N通運の話では、出向社員の給与はC商事がN通運から受け取る報酬より天引きするが、その代わり、C商事への発注自体を増やしてC商事にも利益を計る、ということだったようです。

しかし、実際には発注は増えず、天引のみが続いた。3年間で1000万円の経費赤字となってしまいました。

4年目にC商事から申し出て打ち切りとなったが、赤字の穴埋めは自社で行わなければならず、これがその後も尾を引いてしまいました。

昭和60年、N通運は、新宿、日本橋、五反田、銀座と支店窓口を広げ、C商事もそれを受け、N通運との取引に力を入れ、下請として現在のN通運の基礎固めに貢献しました。

売り上げも伸び、月商1800万円となりました。

昭和62年、N通運が受注にコンピューターを導入しました。

システム変更に伴いC商事へのオーダーが減り、売上が月700万円~1000万円となってしまいました。

代表者は、売上を増やすために試行錯誤を重ね、平成9年9月、Nさんの次男を新卒で入社させ、アメリカ大使館等の作業部門に従事してテコ入れをおこないました。

平成10年8月第一種利用運送事業の許可を取りました。

平成12年6月、N通運から付帯サービスの手配と費用立替の要請がくるようになりました。

サービス費用はN通運に請求できず、C商事の負担となりました。

それが月100~200万円となり、支払いが苦しくなってきました。

平成15年5月、業務にPC端末操作が増えたため、Nさんの長男にも、勤務先を辞めてもらってC商事に来て貰いました。

経費削減も視野におき、下請のE運送が割高なので、将来的に自社で運送も兼ねられるように、長男に運行管理者の資格を取らせ、準備をしていました。

平成18年10月20日、振込み詐欺にあって、第1回の不渡りを出してしまいました。

その後、E運送から支払いを迫られ、C商事のN通運に対する売掛金を債権譲渡させられてしまいました。

さらに、このころC商事は、いわゆるシステム金融の手口に乗ってしまい、違法業者からの取立てに苦しんでいました。

そこで、レセラに依頼して会社の再建を目指したが、N通運からの発注が止まってしまったため、再建を断念しました。

債権者の数も多く、そのうちの何名かは、Nさんの自宅に押しかけてくる者もいました。

その際、押しかけた業者の対応もしました。

このような事情から、緊急で破産の申し立てをし、ようやくNさんは落ち着いた生活を取り戻すことができました。